わたしが特許業界に入ったころは、まだ英文タイプが必須で、外国へのレターを英文タイプでつくって国際郵便で送っていた時代です.
和文タイプも現役で、年配の弁理士が書いたアナログ原稿をタイプするタイピストがいた時代です.
トレーシングペーパに墨入れしていた特許図面もありました.
その時代からいろんなITツールが事務所に飛び込んできました.
一番の変革は、特許庁への提出がインターネット経由になったことでしょう.
これによって、これまで虎ノ門や新橋に一極集中していた特許事務所が全国に分散し始めるようになりました.
電子メールの登場も、いままで電話とFAXだけだった通信環境を大きく変えました.
外国へのFAXも結構な料金が発生していたので、それがない今は幸せな時代です.
機械翻訳の精度が上がったことも結構嬉しいことですけど、特許事務所の仕事はマンパワーなので、ITツールが出てきたとしても、仕事のやり方が大きく変わることはなかったわけですす.
しかし今回のAIはこれまでの便利ツールとは全く別物です.
弁理士の仕事のやり方が大きく変わります.
今回、初めてAIを本格的に働かせてみました.
内容はというと、外国から日本に出願された特許の拒絶対応です.
出願人が翻訳代をケチったため、まったくひどい翻訳文を提出したわけですけど、それに対する拒絶理由もズタボロだったわけです.
こういうのは初めから翻訳し直して提出すのが一番効率的なわけですけど、そういうわけにもいきません.
そんなズタボロの明細書をAIに読み込ませて分析させたところ、その出力の素晴らしさに度肝を抜かれました.
拒絶対応の場合、使える情報は明細書に記載されていることだけなので、例えばGeminiを使ってしまうと過剰な情報になってしまいます.
明細書に記載された情報だけで分析できることが必要なわけですけど、これがとても大変な作業になります.
こういう匠の技をAIが代替したわけです.
もちろん審査官の拒絶理由がそれによって全てクリアされるというわけではないのですけど、適当なプロンプトを投げながら、必要な情報を抽出することができます.
しかもほんの数秒でレスポンスが帰ってくるのです.
以前、引用例がある出願で、相違点を見つけるためにAIを使ったときは、特許性を主張するには浅い情報しか帰ってこなかったので、まあこの程度なのかと思っていたわけですけど、記載不備の今回の拒絶理由では、本当に助けられました.
ただ、このAIを初心者が使ってしまうと、どうなのかなあという気持ちになります.
明細書を食い入るように読み込み、そこから必要な情報を突き止めるいう匠の技は一朝一夕には身につかないわけですけど、そのような職人技の取得の障害になることは間違いありません.
そうやって身につけた技というのは、発明を発掘するときにも使える万能な能力なので、それが身につかないといとなるとちょっと困ります.
学校の感想文をAIに書かせたり、大学のレポートをAIに書かせている事例を見聞しますが、なんかそれと通じるところがあります.
AIを使いこなすこという意味は、ツールを使いこなすということと、AIが吐いた情報を信頼せずに取捨選択するという、2つの能力が求められると思います.
ツールを使いこなすというのは、ちょうどエクセルが使えるということに相当するのですけど、大事なことはツールを使って何をするのか、ということなわけです.
AIが吐いた情報に基づいて何をするのか、その目的に対して必要な情報なのか、間違った情報なのか.
そういう利き酒ならぬ利きAIが必要だと思います.