特許実務の世界に足を踏み入れて最初に学ぶことは「オープン形式(comprising / 含む)」と「クローズ形式(consisting of / からなる)」の使い分けです。
「権利を広く取るならcomprising一択!」
これは実務の鉄則ですが、こと化学系の発明において、この「comprising」という魔法の言葉は、時として弁理士を悩ませる「諸刃の剣」に変わります。
私は電機系がメイン(研究室は物性系でしたが)ですが、外国案件で化学系の実務にかかわると、このオープンとクローズを否が応でもも意識サせられます。
なぜ機械系の発明に比べて、化学系ではこの使い分けがこれほどまでに先鋭的な問題になるのか。その裏側にある「化学特有の力学」を分析してみます。
1. 「余計なもの」がすべてを台無しにする世界
機械系の発明であれば、例えば「AとBを備える装置」に、後から便利なオプションパーツCを取り付けたとしても、AとBの機能が失われることはまずありません。したがって、オープン形式で広く網を張るのが正攻法です。
しかし、化学の世界はそうはいきません。
成分AとBを混ぜて最高のパフォーマンスを出す組成物を作ったとしても、そこに微量の不純物Cが混ざった瞬間、反応が止まったり(触媒毒)、全く別の化合物に変質したりすることが日常茶飯事です。
「何が入ってもOK」とするcomprisingは、化学の繊細なバランスにおいては、予期せぬ先行技術(不純物を含む公知例)に足をすくわれるリスクを常に孕んでいるのです。
2. 「100%のパイ」を奪い合う論理の矛盾
化学組成物のクレームでは、各成分の含有量を「wt%(重量パーセント)」で規定することが多いです。このクレームが出てくると必ずと言っていいほど拒絶理由が通知されます。外国代理人は余り気にしないんでしょうか。ここに機械系にはない「論理の壁」が出現します。
-
機械系: 「部材Aを面積比10%以上で含む」→ 残りの90%に何があろうと矛盾しません。
-
化学系: 「成分Aを50%、成分Bを50%含む(comprising)」→ 算数としては100%ですが、オープン形式である以上「さらに成分Cを30%含む」という解釈を排除できません。
すると、合計130%になってしまい、濃度規定としての意味が崩壊してしまいます。このため、厳密な組成比を権利の拠り所にする場合、クローズ形式(またはそれに近い限定)を選ばざるを得ない局面が必然的に増えるのです。
3. 「引くこと」で生まれる進歩性
特許の醍醐味は「足し算」だけではありません。化学分野では、「あえて特定の成分を除去した(クローズ化した)」ことによる顕著な効果が、強力な進歩性の根拠になることがあります。この思考は電機系弁理士にとって普段かかわらないだけに違和感満載です。
「世の中の技術はA+B+Cだが、私の発明はCを排除してAとBだけに絞った。その結果、これまでの常識を覆す安定性が生まれた」
このようなストーリーを組み立てる際、「consisting of(〜からなる)」は、先行技術との境界線を鮮明に引くための「最強の防衛線」となります。
| 視点 | 機械系 | 化学系 |
| スタンス | 広く、漏れなく(攻め) | 鋭く、純粋に(守りとキレ) |
| 第三成分 | 機能の付加 | 反応の阻害・変質 |
| 数値の解釈 | 物理的配置の目安 | 化学的物性を決める絶対値 |
「含む」と言えばいいのか、「からなる」と言うべきか。
この一丁目一番地の判断こそが、数年後の特許の価値を、あるいは審判・訴訟の行方を左右します。
時には「consisting essentially of(実質的に〜からなる)」という中間的な表現を模索するわけですけど、これを使い分ける化学系弁理士は、文字通りお化けだと思います。