新しくサービスやプロダクトを立ち上げるとき、誰もが頭を悩ませるのが「ネーミング」です。 しかし、いざ「これだ!」という名前を思いついて出願しても、特許庁から届く「拒絶理由通知」に絶望させられるわけです。
「すでに同じような商標が登録されています」
そう言われて引用された商標をWebで検索しても、実際のビジネスで使われている形跡が全くない。 日々、クライアントに商標の実務を行っている立場から言うと、拒絶理由で引用されている商標のうち、少なくない割合がすでに実態のない「不使用商標」です。
仮にも10年間の有効期限が与えられた日本の商標のうち、一体どれくらい「使われていない」のか。
データが証明する「85.1%」の衝撃
「本当に日本の商標は使われていないのか?」 その疑問に対する答えとして、特許庁が公開している最新の統計データ(2025年版発表・2024年値)から、商標登録の取消審判の成否結果を見てみます。
(※特許庁「審判請求成否件数」データより。取下・放棄を除く。取消審判の大部分は不使用取消審判が占める)
成否が決まった事件のうち、なんと85%以上が「請求成立=商標権の取り消し」という結果で終わっています。知財関連の法的バトルにおいて、これほど一方の勝率が高い手続きは他にありません。
この数字が意味するものは極めてシンプルです。 「第三者から『あなた、この商標使っていませんよね?』と狙い撃ちされた商標のほとんどは、本当に一切使われていなかった(権利者が反論・使用立証すらできなかった)」という厳然たる事実です。
実質不使用率は「90%前後」という歪んだ構造
大企業を対象とした公的なアンケートでは「商標の利用率は7〜8割」という数字が出ることもあります。しかし、あれは知財管理を厳格に行っている一部のトップ企業の話に過ぎません。
実際の出願では、1つの区分(カテゴリー)の中に、将来の可能性や防衛目的で指定商品・役務(類似群)をびっしりと詰め込んで登録するのが一般的です。しかし、その中で実際にビジネスとして回っているのはほんの一部。 死蔵されている中小・個人保有の商標、多区分にまたがる防衛的登録、商標ブローカーによる先取り。これらを考慮し、「類似群」ベースでの実質的な使用率を弾き出せば、登録されている商標の「実質不使用率は90%前後(=まともに使われているのはわずか10%程度)」というのが、実務的な肌感覚としても極めて妥当な類推です。
日本の登録商標権の大部分は、実態のない「眠れる幽霊商標」と化しています。
なぜ出願人が「制度の欠陥」に55,000円を支払うのか
ここで、よく考えてみてほしいのです。
拒絶理由をクリアするために、私たちはこの不使用商標に対して「不使用取消審判」を請求するという選択肢を迫られます。しかし、なぜ使われていない商標のクリーンアップのために、新しく入ってきた出願人が、わざわざ自己負担で手続きをしなければならないのでしょうか?
不使用取消審判を請求するだけでも、特許印紙代として「55,000円」がかかります。これに弁理士への報酬を加えれば、さらに費用は膨らみます。 本来なら誰もが自由にアクセスできるべき「言葉の資源」です。それを他人が使わずに放置しているからといって、なぜその掃除代を、これから新しく挑戦しようとする出願人が負担しなければならないのか。商標制度の欠陥の修正を、出願人の財布に頼っている構造は、どう考えてもおかしいと言わざるを得ません。
「10年の更新で自然淘汰される」という大嘘
「いやいや、10年の更新を機会に、使われていない商標は更新されずに消えていくはずだ」という意見もあるでしょう。
しかし、現実は違います。ここに日本の商標制度の大きな瑕疵があります。
多くの商標は1つの区分の中に大量の商品や役務を詰め込んで登録されています。その区分の中にたった1つでも「現在使っている商品」があれば、残りの使っていない大量の死蔵商品も含めて、そっくりそのまま丸ごと更新してしまいます。
これでは、部分的に死んでいる「幽霊商標」がいつまでもシステムの中に残り続け、プールが淀んでいくのも当然です。
日本も「取ったもん勝ち」を終わらせるフェーズへ
現在の日本の商標制度は、登録時にも更新時にも「実際に使っているかどうかの証明」を求めない「登録主義」を採用しています。これが「取ったもん勝ちの放置」を生む温床になっています。
言葉の枯渇がここまで深刻化しているなら、日本も米国のような「使用証明の提出義務化」を本気で検討すべきです。
米国では、登録後5〜6年の間、および10年ごとの更新時に、カタログや商品写真などの「使用立証の証拠」の提出を義務付けています。証明が出せなければ、使っていない商品カテゴリーの権利は容赦なく剥奪されます。この強力なスクリーニングがあるからこそ、言葉のプールが淀まないよう自動的に適正化されています。
本来なら誰もがアクセスできるべき言葉の資源を取り戻すための負担が、挑戦する側に押し付けられている。
更新の案内をするたびに、役割を終えて消えていく商標たち、そして理不尽なコストに頭を悩ませる出願人を間近で見ているからこそ、強く感じます。
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